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東京高等裁判所 昭和62年(ラ)677号 決定 1988年3月01日

抗告人 ○○会社マルキン

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所も、本件全資料を検討した結果、本件交付請求(抗告人が昭和61年9月20日ころ世田谷区長に対してした本籍東京都世田谷区○○××番地戸籍筆頭者黒田和夫の戸籍の謄本の交付の請求)は、請求の事由を明らかにしてしたものとはいえず、また、戸籍法10条2項、戸籍法施行規則11条が定める請求の事由を明らかにすることを要しない場合にも該当しないから、世田谷区長が抗告人の本件交付請求を拒絶した処分は適法であり、抗告人の本件不服申立ては理由がないのでこれを却下すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原審判の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決5丁裏7行目の「上記法条の趣旨」から同末行の「考えられる。」までを次のとおり改める。

「戸籍法施行規則(以下「規則」という。)11条1号は、戸籍の謄本等の交付を請求する場合に、その請求の事由を明らかにしないですることができる者を、「戸籍に記載されている者」及びその者と一定の身分関係を有する者に限定して規定したものと解されるから、抗告人が「戸籍に記載されている者」(黒田)の承諾書等を添付して本件交付請求をしたからといつて、抗告人を規則11条1号所定の者又はこれに準ずる者ということは到底できず、また、叙上認定の事実によれば、本件交付請求は、抗告人が黒田の代理人としてしたものでなく、抗告人自らが請求人としてこれをしたことが明らかであるから、本件交付請求を規則11条1号所定の者の代理人による請求ということもできない。

したがつて、抗告人の右主張は理由がなく、採用することができない。」

2  同6丁表9行目の「著しく妥当を欠く場合」から同7丁表9行・10行目の「認めがたい。」までを次のとおり改める。

「著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用したというべき場合のほか、その行使を違法ということはできない。そして、叙上説示のとおり、規則11条1号ないし3号は、戸籍の謄本等の交付の請求をすることが不当な目的によるものと考えられない定型的な場合を掲げたものと解されるから、同条4号が規定する「市町村長が相当と認める場合」とは、右1号から3号までに規定する場合に準じ、戸籍の謄本等の交付を請求することが、その請求をする者の地位、請求をする者と戸籍に記載されている者との一定の関係その他諸般の事情に照らして、一般的に不当な目的によるものと考えられない場合をいうものと解するのが相当である。

しかるところ、叙上認定の事実によれば、抗告人と黒田とは債権者と債務者の関係に立ち、本件交付請求の申請書に添付された前記承諾書等は、黒田が抗告人から金員を借り入れるに際して、自己の戸籍謄本の交付を請求することにつき抗告人に対して包括的に承諾を与えたことを証する書面であると認められるが、債権者が債務者の戸籍の謄本等の交付を請求することは、そのことにつき債権者が予め債務者から包括的に承諾を得ていた場合であつても、その請求が一般的に不当な目的によるものでないとまでいうことはできず、当該請求を受けた市町村長としては、その請求の事由、すなわち債権者が債務者の戸籍の謄本等の交付を請求するについて、具体的にどのような目的、必要性等があるかを明らかにさせた上でその当否を判断するのが妥当であると考えられるから、本件交付請求につき、世田谷区長が、それを規則11条4号にいう「市町村長が相当と認める場合」すなわち請求の事由を明らかにすることを要しない場合とは認めず、抗告人に対してその請求の事由を明らかにすることを求めたことには、裁量権の範囲を逸脱し、またはこれを濫用した違法はないというべきである。

したがつて抗告人の右主張もまた理由がなく、採用することができない。」

3  同7丁表11行目冒頭の「前記」の前に「しかして、」を加え、その裏2行目の「いえないとして」から同9行目の「いいえない。」までを「いえないから、世田谷区長がそのことを理由に本件交付請求を拒絶した処分は適法である。」と、同10行目の「世田谷区長」から次の行の「認めがたいから」までを「世田谷区長が抗告人の本件交付請求を拒絶した処分は適法であるから」とそれぞれ改める。

三  よつて、同旨の原審判は相当であり、本件抗告は理由がないので棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 後藤文彦 裁判官 大内俊身 橋本和夫)

抗告人の抗告の理由

第一事案の概要

本事件の経過は次のとおりである。

一 抗告人は金融業を営む有限会社であるところ、昭和61年9月9日、申立外黒田和夫(以下、黒田という。)に対し、金20万円を、弁済期昭和61年9月12日限り、利息は年1割8分とし元金返済日に支払うこと、遅延損害金日歩9銭8厘との約定で貸渡した。

二 抗告人は右貸付に際し、黒田から次の3通の書類を受領した。

1 承諾書

抗告人との債権債務継続中は、抗告人が債権保全上必要とするときは、いつでも黒田の戸籍謄本を請求することを承諾する旨を記載し、黒田が住所、氏名を自書し、実印を押捺した抗告人あての書面

2 上申書

右承諾書が黒田の意思に基づいて作成されたものであることの証として右承諾書債務者欄に自署押捺し、抗告人に印鑑証明書を交付したので、抗告人から右承諾書、本上申書及び黒田の印鑑証明書の写しを添付して、黒田の戸籍謄本の請求があった場合は速やかに交付して欲しい旨を記載し黒田が住所氏名を自書し、実印を押捺した「当該市町村長」あての上申書

3 印鑑証明書

東京都世田谷区長作成の昭和61年7月26日付黒田の印鑑登録証明書。但し、この証明書は、公正証書作成のための代理権を授与した委任状に添付するためのものであると同時に、本承諾書及び上申書に捺印された印鑑の印影と同一であることによって両文書が黒田によって作成されたものであることを証明する目的をもって交付されたものである。

三 抗告人が黒田から右3通の書類を受領したのは、将来黒田の戸籍謄本が必要になった場合に抗告人が速やかに右謄本を取得するためである。

抗告人は黒田以外の者からも貸付に際し、右3種類の書類を受領している。

金銭貸借における債権者と債務者との関係は複雑微妙に変化する。即ち、債務者が弁済を継続しているか、又は弁済資力がある間は債権者と債務者との関係は友好的で債権者の連絡にも債務者は即時に応ずるし、場合によっては債務者から積極的に債権者を訪れ、借り増しや借り換えを頼んだり、あるいは事情を述べて元金や利息損害金等の支払猶予を求めたりする。

しかしながら一度弁済能力がなくなると債務者の多くは、元金はもちろん利息遅延損害金も支払わなくなり、債権者の連絡に応じないのみか所在をくらまし、ときには家族もろとも行方不明となってしまう。この段階においては債権者の方でたとえ、債務者の実状に応じた弁済計画を相談しようと考えても債務者は逃げまわるのみであって、債権者は全く手のうちようもなく、そのまま放置すると債権は時効により消滅してしまうこととなる。

そこで債権者において、債務者本人の生死の確認、離婚等で氏を変更しているかどうかの確認、住民票で本人の居所が確認されない場合の戸籍附票での確認、本人に相続されるべき不動産があってそれが放置されている場合債権者代位により相続登記をする必要等のため債務者の戸籍謄本が必要となるのである。

抗告人は貸付にあたり債務者に右戸籍謄本を必要とする場合を説明して前記3通の書類を予め受領し、債務が完済された場合は全部債務者へ返却しているのである。

四 ところで黒田は前記昭和61年9月12日の弁済期が経過しても借受金、利息、遅延損害金を全く支払わない。

五 そこで抗告人は昭和61年9月20日頃、黒田の戸籍の謄本の交付を受けるため、使用目的を債権保全のためと記載した戸籍謄本交付申請書を作成し、右承諾書、上申書、印鑑登録証明書の写しと共に同封し、東京世田谷区長に対し郵送して請求した。

六 ところが、世田谷区長は、右請求に対し昭和61年9月25日請求事由の具体的明示がないとの理由で戸籍謄本の交付を拒絶した。

七 抗告人は昭和62年10月23日東京家庭裁判所に対し本件不服申立てをした

第二原審判の違法

戸籍法第10条1項は何人でも手数料を納めて戸籍の謄本若しくは抄本を請求することができると定め、同条2項は、右請求は法務省令で定める場合を除き、その事由を明らかにしてしなければならないと規定している。

そして、戸籍法施行規則第11条は、右請求の事由の明示を要しない場合を定め、第1号において「戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属が請求する場合」とし、第4号において「市町村長が相当と認める場合」としている。

一 代理権の存在を認めなかったことの誤り。

1 戸籍法施行規則第11条第1号は、同号に規定された者の代理人による申請を許容するものである。

2 ところで代理権の授与の有無は、授権行為について法が特別の方式を要求していない以上、法律行為のいかなる事実があった場合に授権行為の有無を認めるかという解釈の問題である。前記承諾書の、抗告人が必要とするときはいつでも自分の戸籍謄本を請求することを承諾する旨の記載及び前記上申書の抗告人から右承諾書等を添えて黒田の戸籍謄本の請求があったときは、速やかに交付して欲しい旨の記載からすると、黒田が抗告人に自己の戸籍謄本の交付請求を委ねていることが明らかであり、同時にそのための代理権を授与していることも認めることができるのである。

3 ところで、原審判は「本件申請書には黒田の氏名や代理文言の記載はなく、形式上代理人による請求と認められない以上、窓口業務の実状等からみて抗告人を黒田の代理人と認めなかったからといってこれが妥当でないとはいえないものと考えられる」としている。

(一) 原審判が右に言う窓口業務の実情等の具体的内容は明らかでないが、窓口事務を取り扱う係官の判断能力を考慮しているとするなら誤りである。なんとなれば、右係官は、行政組織上世田谷区長の審査権を行使して本件を処理したものであって右係官の判断は世田谷区長そのものの判断であるからである。従って本件処分の適否の判断にあたっては世田谷区長の判断としてみなければならない。

(二) ところで代理人が本人のためにすることを示さないで意思表示をした場合に、相手方が本人のためにするものであることを知っていたか或いは過失によって知らなかったときは、その意思表示の効果は本人に帰属する(民100条但書)。即ち、代理が成立するのである。

これを本件についてみると本件申請書と同時に提出された前記承諾書、上申書、印鑑証明書の写によって黒田が抗告人に戸籍謄本の交付を委任していること、従って、抗告人が黒田の代理人として申請していることが世田谷区長にとっても明らかである。もし、世田谷区長において、黒田の氏名や代理文句の記載がないことを問題にするなら、それこそ抗告人に対し行政指導して拒絶ではなく補正させるべきであろう。

4 右のとおり、抗告人が黒田の代理人として本件申請をしたことが認められるのである。従って、世田谷区長が代理行為と認めなかったからといって妥当でないとはいえないとした原審判は誤っている。

よって原審判には民法99条、100条但書の解釈準用を誤った違法がある

二 戸籍法施行規則第11条第4号の適用を認めなかった誤り

1 右第4号に市町村長が相当と認める場合とは、原審判の言うように請求者に請求の事由を明らかにさせるまでもなく、その請求が不当な目的によるものでないと判断される場合である。

この場合、相当と認めるか否かは市町村長の独自の判断による自由裁量であるが、その裁量権の行使が社会通念に照らして著しく妥当を欠く場合は違法である。

2 ところで、原審判は本件において、一般的に謄本等の請求をしようとする戸籍に記載されている者が作成した当該請求に応じても差し支えない旨を記載した承諾書、同意書等の書面を請求者が提出したときは、それによってプライバシーの侵害等のおそれは一応生じないと考えられること、本件でも前記承諾書、上申書などから黒田の承諾が推認できること、抗告人が債権者としての立場から債務者である黒田の謄本を必要とする前記第1-3項記載の理由が全くないとはいえないこと、取手市、中野区、中央区、豊島区、大田区等では本件形式による抗告人の請求に異議なく応じていることなどの事実を認定しながら、これらの諸事情を考慮しても「前記承諾書及び上申書には日付の記載が無く、黒田の住所氏名以外は不動文字で記載されていること、本件において上記4号に該当すると認められなかったとしても、抗告人による戸籍謄本請求の道が全くとざされたわけではないこと」を理由に世田谷区長が右4号に該当すると判断せず本件拒絶をした行為は裁量権の濫用にあたらないと認定している。

3 しかしながら、原審判の右認定には次のような誤りがある。

(一) 前記承諾書及び上申書に日付の記載がない点について。

日付を欠くことは、右文書がいつ作成され、いつまで効力を有するか定め難いということを問題にするのであろう。しかしながら前記上申書の本文には「前記承諾書は、私の意思に基いて作成したもの……前記承諾書……を添付して……請求があった場合には、……交付して下さいますよう――上申致します」旨の記載があって右上申書と承諾書が一体となるものであることが理解できるところ、その承諾書には「私は、貴殿との債権債務継続中は、いつでも……請求することにつき異議なく承諾します。」旨の記載がある。

右記載からすると右上申書及び承諾書は抗告人と黒田の金銭貸借契約に関して成立し、その効力は抗告人の債権がある間は存続することが明らかである。そして抗告人の黒田に対する債権が成立し、存続していることは本件債務弁済契約公正証書により認めることができるのである。

日付を欠いているのは、黒田が抗告人に日付の記入を全面的に委任しているところ抗告人が記入を忘れたためにほかならない。

世田谷区長において日付の記載のないことを問題にするのであればむしろ、行政指導により抗告人に日付を記入させたりあるいは右公正証書の提出を求め債権の存在を立証させる等のことをすべきであったであろう。

右のとおり日付の記載を欠いていることは取り立てて問題とすべきことではないのである。

(二) 次に黒田の住所氏名以外が不動文字で記載されていることについて。

前記のとおり、抗告人は貸付に際し、債務者から本件と同じ上申書承諾書の提出を求めている。そのため債務者にいちいち全文を書かせる繁雑を避けるため前以つて不動文字で印刷した文書を作成してあるのである。取引において同種文書を多数使用する場合このような方法を取ることはごく普通のことであって何ら異とすることではない。

(三) 更に原審判が右4号に該当すると認められなかったとしても抗告人には戸籍謄本請求の道が全くとざされたわけではないとしていることについて。

黒田は所在不明であるから、同人から抗告人が新たに委任状等をとって代理権を授与してもらうことはできない。又、登記を求める事案でもないから司法書士に委任することもできない。

なお、訴訟を提起する段階でもない(所在不明だし、資産の有無も分明でないし、離婚による氏の変更もありうる。)ので弁護士に委任するわけにもいかない。債権者にとっては弁護士に委任する必要の有無を決する調査の段階である。なによりも司法書士や弁護士等の第三者に委任するにはそれだけ費用がかかるのである。右のとおり現段階においては本件方法によるほかに抗告人による謄本請求の方法はないから原審判の右判断は誤りである。

4 右のように黒田のプライバシー侵害のおそれもなく債権者である抗告人の黒田の戸籍謄本の必要もあり、他の地方自治体が本件方法による謄本の交付を認めているにも拘らず、前記承諾書及び上申書に日付の記載がないことや不動文字で記載されていること、他に謄本請求の途があることなどを理由に世田谷区長の本件拒絶処分が裁量権の範囲内にあると判断した原審判は明らかに誤っている。

もともと戸籍は、あくまで公開が原則である。従って、戸籍謄本請求の当否は個々の請求ごとに具体的、個々的になされるべきではあるが、単なる請求の形式的な手続要件の有無、瑕疵によって戸籍公開の原則を侵害し、形骸化することは許されない。

本件、上申書、承諾書、印鑑登録証明書の写を全体としてみれば黒田が自己の戸籍謄本を抗告人が請求することを容認していることが明らかである。戸籍公開の原則を制限するのはプライバシーの侵害のおそれがあるためであるが本件では黒田が自己の戸籍の取得を承認している以上黒田のプライバシー侵害のおそれはない。このことは原審判も認めているとおりである。にも拘らず、本件請求を拒絶した世田谷区長の処分を容認した原審判は結局のところ、日付の記載のないこと等、さまつ的な形式面の欠点をことさらに問題とするものであって不当違法である。

5 右のとおり本件は、戸籍法施行規則第11条第4号が適用される場合であるにもかかわらず原審判にはこれを適用せず、世田谷区長の本件処分を容認した違法がある。

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